脱力自力

ギークハウスやりはじめてから、人生ちゃんと生きれるようになった気がする。

友達の作り方

畑を耕しに京都の庭の広いシェアハウスに集まった時に話になったのが、「大人になってからの友達の作り方」だ。

 

私も友達作りは苦手かつ続けるのも苦手、どちらかというと自分でフェイドアウトしていってしまう癖がある。なんか誰かと一緒にいるとめんどくさいなーと思ってしまう。

 

大学に入学してすぐの説明会の時、席が隣同士のやつらと話していて、この後どこ行くかーみたいな話になって、4人くらい一緒に歩きだしたけど、なんかめんどくせーなーと思って、人込みにフェイドアウトしていった記憶がある。入学早々みずからボッチになるという恐ろしい行動をしていた。

 

もっとさかのぼると、中学生の頃、男子みんなでドッジボールに外に行ったりしていたけれど、なんでわざわざそんなこと、せんとあかんねんと思い参加せず、教室でぼーっとしていたり、みんなで何かやることに、途中で離脱したくなる気持ちがすごく強い。

 

サラリーマンには飲み会や歓送迎会がつきもの。昔はシステムエンジニアをしていたから、現場の人の出入りが激しくて、よく歓送迎会が行われていた。とても苦痛だったな。

 

昔の通知表とか見たら、「協調性があって」とかよく書かれていたけれど、今思うと先生は何も俺のことわかってないな。先生の前ではいいところを見せようとしていたから、きっと協調性のある子を演じていたのだろう。

 

なんかずっと、何かを隠して生きてきていると思感じる。その隠している感じが心を開いていないように見えて、友達みたいなものができないんだろうな。

 

自分から自分の話なんて絶対しない。話すことなんてないよーみたいに思ってしまう。

 

今ブログに決してポジティブな言葉ではないけれど、心から出てくる言葉を書いている。この調子で書いていってみるか。

 

常に友達を探している感じ。ライフワークが友達探しになっていると思う。

めんどくさがりと、かっこつけて自分のことを話さないのが悪いのだろうと見当はついている。まーがんばっていくか。